町を歩く足が止まる。すでに町はバレンタイン一色。
は立ち止まり女性客の溢れかえる店を見る。
「そっか、バレンタインかぁ…瀬人とモクバ君に作らないとね」
は方向を変えると店の中に足を踏み入れた。
「あれ、杏子!舞さん!静香ちゃん!」
「あ、!!」
「じゃないか!」
「さん、こんにちは!」
杏子、舞、静香が返事を返す。
「3人ともチョコの買出し?」
「うん、今年は手作りにチャレンジしようかと思って…」
「でも、どういうの作ったらいいのか分からないし…」
「あたいも、お菓子とか作らないからさっぱりで…」
杏子、静香、舞がふぅ、とため息を付いた。
はくす、と小さく笑った。
「なら、私と一緒に作らない?みんなで作ったほうが楽しいし!少しなら教えてあげられるから…」
「やりぃ!」
「悪いね、 」
「わぁ、お願いします!さん!」
はこんなところで役に立てると思わなかったので
嬉しそうに頷いた。
「今日はもう遅いし
明日、家に来てくれる?」
「おっけー♪」
「ああ、分かったよ」
「分かりました!」
杏子、舞、静香の返事に 梨花は笑って答え
その日はそこで別れた。
は明日が待ち遠しかった。
古より永久への誓い 番外編 甘い甘いチョコレート
「姉さま!おかえりなさい!」
「ただいま、モクバ君」
メイドや執事たちの挨拶を受けた後に
モクバが走り寄ってくる。
「なんだか、嬉しそうだね?」
「え?そうかな?」
「うん!なんだか、とっても嬉しそうだ」
モクバがにっこりと笑う。
も笑うとモクバが腕を引いた。
「兄さまも待ってたんだよ」
「そう、じゃあ瀬人の部屋まで行こうか!」
「うん!」
海馬の部屋の前に着くと
モクバは隣の自室に行った。
気を利かせたつもりなのだろう。
ノックをして入ると
瀬人はソファーに座っていた。
「瀬人、ただいま」
「ああ、今日はやけに嬉しそうだな?」
「え?そんなに顔に出てるかなぁ…さっき、帰ってきたときにモクバ君にも言われたの」
「顔と、雰囲気がなんとなく嬉しそうだ。それで、何が嬉しいんだ?」
は海馬の隣に座る。
「あのね、明日杏子たちとお菓子を作るの」
「そうか、この時季だとチョコか?」
「あたり、瀬人とモクバ君のよ?」
くすくす、と笑うと
海馬にひょい、と持ち上げられる。
そして、自分の膝の上に下ろされる。
「楽しみに待っているとしよう」
「それでね、遊戯さんたちも呼んでもいい?」
そこで、ぴた、と海馬が止まる。
「何故、あいつ等を?」
「作ったチョコ、すぐに食べられるようにだよ
瀬人にもすぐ、食べて欲しいし」
にっこりと笑って言えば
海馬に勝ち目はない。
「…分かった」
「ありがとう。頑張って作るね」
「安心しろ、まずくても
お前の作ったものなら食べる」
「よ、喜んでもいいのかな、それ」
少しむくれたように言うと
海馬が後ろから の髪に口付ける。
は海馬のほうに方向転換する。
「明日、楽しみだなぁ」
「ああ」
海馬は嬉しそうなその笑顔に優しく口付ける。
もそれに答えるように首に手を回した。
翌日、杏子、舞、静香、舞
そして、遊戯、城之内、本田、御伽が海馬邸に来る。
少し話をすると女4人は厨房に向かう。
「さ、まずは何を作るか決めないとね」
「どんなの、って言われてもねぇ…」
「普通に型に入れて固めるのもありだし…チョコのマフィンとかスコーン。
クッキーにチョコチップを入れたり…後は生チョコとか、チョコケーキ
それから、トリュフかな?」
「じゃあ、私はチョコのマフィンにしよう!」
杏子がよし、と腕をまくる。
「じゃあ…私は生チョコにします!」
静香が嬉しそうに言った。
「あたしは…トリュフにするよ」
舞はよっしゃ、と気合を入れる。
「そっか…じゃあ、私はチョコケーキにしよう」
は頑張ろう、とエプロンの紐を締めなおす。
全員で頷き合ったあとすぐに取り掛かる。
色とりどりのエプロンと三角巾を身につける。
そして、器具と材料をそれぞれ用意した。
「分からないことがあったら聞いてね」
「おっけー!」
「お願いします!」
「頼むよ!」
杏子、静香、舞が返事をする。
レシピはが用意したものを使う。
はまず、生地を作りにかかる。
「えっと、砂糖と…卵と…」
それぞれの材料を手順通りに混ぜる。
そこで、ヘルプがかかる。
「!ちょっと!」
「はーい」
ぱたぱた、と走りながら手をエプロンの裾で拭う。
ヘルプを出したのは舞だった。
「どうしたの?」
「チョコを湯煎するって書いてあるんだけど…湯煎ってどうするんだい?」
「ああ、これはね、溶かすってことなの。まず、ボールに刻んだチョコを入れて
それからお湯を張ったボールに重ねて入れるの。そうすると下のお湯の温度でチョコが溶けるわ」
「ああ、そういうことかい!ありがとう、助かったよ」
「いえいえ」
は自分の場所に戻ると生地作りを再開する。
溶かしたチョコを生地に入れてまた混ぜる。
「〜!」
「今行く!」
今度は杏子だ。
困ったようにを呼ぶ杏子の元に駆ける。
「どうしたの?」
「生地ってカップにどのくらい流したらいいの?」
「えっとね、どんな大きさでも
半分くらいがベストだよ。焼くうちに膨らむから一杯に入れると溢れちゃうでしょ?」
「あ、そっか
、ありがと〜早速焼いてみるね!」
「うん、頑張って!」
は杏子の手際のよさに感服する。
自分の場所に戻ると出来た生地を
中くらいのハートの型、2個と
大きなハート1個に流し込む。
「うん、丁度よく入った…オーブンの余熱はオッケーね
後は焼くだけ、と」
「さ〜ん!」
「なぁに〜?」
今度は静香だ。
焼こうとしていた型を調理台の上に戻す。
「どうしたの?」
「えっと、生クリームってどのくらいがいいですか?」
「えぇっとね…あ、ここに書いてあるよ」
「あ、ほんとだ!ごめんなさい、私ったら…」
「ううん、いいの!また何かあったら言ってね!」
「はい!」
今度こそ型をオーブンに入れて焼く。
焼き上がりを待ってデコレーションすれば完成だ。
杏子、舞、静香もどうやらひと段落付いたようだ。
「じゃあ、出来上がりを待って休憩しようか」
「賛成!」
3人の声が重なる。
は手早く紅茶を入れると
少しのお菓子を添えて3人に渡す。
「はぁ〜お菓子作りって結構大変なんだね…甘く見てたよ」
「そうね、分量を間違えたらお終いだもんね」
「さん、なんだか手馴れてますよね〜!」
舞がぐったりと息を吐くと杏子が言う。
静香がのほうを満面の笑みで見る。
「たまに、2人のために作ったりするの。それに、毎年手作りだし」
「へぇ〜!うらやましいね!」
「どうりで手馴れてる訳よね!」
舞と杏子が感心したように言う。
「私は決闘とかできないし
何か瀬人のために出来る訳じゃない…だから、出来ることをやりたいの。
私の作ったお菓子で瀬人が少しでも頑張れたらなって…」
はカップを両手で持ち言った。
「あんたは、ほんとに海馬のことが好きだね」
舞の言葉には少し頬を赤らめる。
「うん…私にとって、家族でもあり、大切な人でもあるの」
「これだけ想われる海馬君が羨ましいわね」
「私もお2人みたいな恋愛がしたいです!」
杏子と静香がに言った。
は2人を見て笑った。
「一体どんなのができるのか楽しみだな」
もう1人の遊戯がぽつり、と言った。
「そうだよなぁ…男はここにいろ、って言われたから
何を作るのかも知らないし…」
「時間、結構たったし
そろそろ終盤じゃないかな?」
城之内、本田、御伽が言った。
待ち時間をどうすごしたのかといえば
海馬と遊戯は決闘をして勝ったり負けたりしていた。
城之内、本田、御伽は他愛ない話をしていた。
もはや状況に慣れると隣で風が吹こうが気にしなくなる。
「ふん、くだらん」
「海馬はきにならねぇのかよ」
海馬の呟きに突っかかるのは城之内だ。
海馬はそんな城之内を鼻で笑う。
「の作るものなら何でもいい」
「こーの天然バカップルめ…」
城之内はえらそうに言った海馬に
深い、深いため息をついた。
「オレ同感だぜ」
いつの間にか城之内の隣に来た遊戯が
そ、と城之内の肩に手を置いた。
「でも、海馬君が羨ましいよ。あーんなに一途に想われちゃって!
こっちは本田君と取り合ってるとこなのに…」
御伽はやれやれ、と肩を竦めて本田を見る。
本田は喧嘩上等、といった感じで手がつけられない。
「でも、遊戯ももらえるのは確定だろ?羨ましいよなぁ…」
「城之内君だって舞から貰うだろ?それに、杏子だってくれると思うぜ!」
「そうかぁ…?」
城之内の顔がでれ、と溶ける。
鼻の下は伸びっぱなしだ。そこへ、モクバが入ってくる。
「兄さま、例のあれ…ばっちり撮ってきたよ!」
「ごくろうだったな」
モクバの手にしたビデオカメラとカメラ。
それはDVD録画のできる映像が綺麗で有名なあれだ。
カメラは動画もOK、という優れものだ。
「ほら、姉さまのエプロン姿!それに他の3人とのツーショットも!
今は仕掛けたカメラが撮ってるから安心して!」
ば、と一気に捲くし立てると
海馬が静かに親指を立てた。モクバもぐ、と親指を立てて返す。
「海馬、お前…」
「海馬君って…」
「海馬…」
「海馬、ストーカーもどきだぜ、それ」
遊戯、御伽、本田、城之内が思い思いの言葉を吐く。
しかし、最後の城之内の言葉に気分を害した海馬が
城之内めがけてカードを放つ。
放たれたカードはしゃ、と
城之内の頬を掠って壁にめり込んだ。
物理学的にも、科学的にもありえない。
彼の口癖『非ィ科学的』だ。
城之内は青ざめて血の流れる頬を拭う。
「黙れ、凡骨」
「黙らせてから言うな!!」
そんな言い合いをしているころ
厨房の4人は休憩を終えて
出来上がったそれぞれのものに最後の仕上げをしていく。
「、それは?」
「これ?モクバ君用の生クリームだよ。甘いの大好きだからね」
しゃかしゃか、と軽快な音を立ててあわ立てる。
「腕、疲れないの?」
「結構疲れるけど…でも、美味しいって喜んでくれたら
それで吹っ飛んじゃう」
「さんらしいですね」
杏子の問いの答えに静香が手を動かしつつ笑う。
舞は笑っているが手元が危ない。
「舞さん、気をつけないと形、崩れちゃうよ?」
「え!?あ、ほんとだ…ありがと、」
「いえいえ」
今度こそ3人とも集中して取り掛かる。
は甘さ控えめな生クリームを泡立て終えると
それをモクバのケーキに薄く延ばして塗る。
塗り終わるとココアパウダーを軽く振りかける。
「よし、モクバ君の分完成!」
「お、できたのかい?」
「うん、後瀬人の分と、皆の分だよ」
舞との会話を切り上げると
早速瀬人のものに取り掛かる。
茶色の生地をそのまま残し
シンプルにチョコペンでメッセージを書く。
「I need you」
ケーキには白く、それだけが書かれる、
下のほうに小さくローマ字での名前が書かれる。
「へぇ、大胆だね」
「ま、舞さん!」
「にしては進歩したと思うよ?」
「あ、杏子まで!!」
「これを手にした海馬さん
どんな顔するんでしょうね!?」
「し、静香ちゃんまで…」
はその声を振り切るように皆の分に取り掛かる。
生クリームのあまりを絞ってイチゴを均等に乗せる。
そして、真ん中にチョコペンで「友達へ」と書いた。
全員が作業を終了して海馬たちの待つ部屋に向かう。
「瀬人、入ってもいい?」
「ああ」
がそ、と扉を押し開けると
中に居た男子たちの視線が痛い。
「それじゃ、皆で渡しっこしようか」
「大賛成!」
海馬以外の皆の声が重なる。
は押してきたカートと一緒に中に入る。
3人もそれぞれのお菓子を持って入ってくる。
それぞれ、渡したい人に作ったものを持っていく。
「遊戯、これ…2人の遊戯にそれぞれ上げるわ」
「杏子、ありがとうだぜ!」
『杏子、ありがとう』
2人の遊戯がにっこりと嬉しそうにお礼を言う。
「ううん、2人が喜んでくれたならそれでいいわ
初めて作ったから味の保証はしないからね」
「でも、美味しそうだぜ杏子!まずそうには見えないけど気をつけるぜ!」
その言葉に杏子が拳を握る。
『も、もう1人のボク!その言い方はまずいよ!!』
言うが早いか杏子の幻の左手足が炸裂する。
遊戯がぶわ、と布きれのように宙を舞った。
このとき、杏子の中でホワイトデーのお返しを
たっぷりしてもらおう、という考えがあったのを
2人は知らない。
「城之内、はい」
「お、オレにくれるのか!?」
「なんだい!?いらないんならあたしが食べるわよ!」
「い、いるいる!いります、食べさせてください!」
もはや犬状態だった。
しかし、舞も小さく笑うとそれを城之内に渡す。
喜ぶ城之内に心中が穏やかでない舞。
「犬みたいにがっつくんじゃないよ!!」
すぱーん、と甲高く爽快な音が響く。海馬邸パーティーで出した伝説のハリセンだ。
城之内の後頭部を強打して城之内が宙を舞った。
きら、と城之内の顔から雫が光って散る。舞の頬はほのかに赤い。
「本田さん、御伽さん!これどうぞ」
差し出された2つの箱には可愛くラッピングがしてある。
本田は感動にむせび泣いている。
御伽はこのチャンスを逃さない。す、と静香の手を取った。
「ありがとう、静香ちゃん。 君のくれたこのチョコ、1つ1つ味わって食べるよ。
もちろん、作るときに込めてくれた気持ちも、ね?」
ウィンクして甘い笑みを浮かべれば
静香が赤くなる。
「そ、そんな…たいしたものじゃないですから…
味も、美味しいか分からないですし…」
本田が気がつくが遅い。
「味は問題じゃないんだよ
問題なのは気持ちだよ、静香ちゃん」
「御伽さん…」
すっかりいい雰囲気の2人に入っていけず
今度は疎外感にむせび泣く本田だった。
「モクバ君、これ」
「うわぁ、姉さまありがとう!!」
ぱ、と輝く顔を見れば疲れも吹き飛んでしまう。
ぎゅ、と抱きついてくるモクバに
海馬も も頬が緩む。
「じゃ、オレ皆のほうに行ってるね!」
ぱ、と貰ったケーキをもって遊戯たちの方に行く。
少し離れた場所に2人残されてしまう。
「せ、瀬人…」
「」
耳元で囁かれると頭の中がパニックになってしまう。
「お前の部屋に行くぞ」
「え?」
くい、と腕を引かれる。
海馬は気にした様子もなく
ずかずか、と部屋を横断する。
「海馬、どこに行くんだ!?」
「他の部屋だ。この間のように邪魔をしたら容赦しない
覚えておけ!」
この間とは決闘王国から帰ってきたときのこと。
パーティーを途中で抜け出していい雰囲気だったところを
彼らによって粉砕玉砕されてしまったのだ。
「せ、瀬人!!」
隣のの部屋に入ると部屋の中央まで来る。
海馬の視線が痛かった。
「せ、瀬人…これ…」
す、と差し出したラッピングの施された箱。
海馬はふ、と笑いその箱を受け取る。
「ありがとう」
「っ!!」
お礼を言う海馬なんて滅多に見られない。
は顔を赤くする。
自信過剰な笑顔でも、勝気な笑顔でもなく
年相応の、無邪気な微笑み。
思わず、顔を赤くするのも忘れ
恥ずかしさも忘れ、見入ってしまう。
その間にも海馬はラッピングを解きケーキを見た。
「I need you…私には貴方が必要、か」
「本当のことだから…私は瀬人がいないとだめなの」
「オレもだ」
ちゅ、と軽くキスをする。
そして、に急かされてケーキを食べる。
「甘い、な」
「好きでしょ?甘いの」
「ああ、だがもっと甘くする方法があるぞ?」
「え?っんん!!」
急に唇をふさがれる。
チョコレートケーキの甘い匂いと味が
ふわり、と口に流れ込んでくる。
「ん、ふぁ…ぁ」
「あまり可愛い声を出すな。お前も食べたくなる」
「―――っ!!」
耳元で囁かれる大胆な発言に
心臓が早鐘を打って音が頭に響いてくる。
「ふ、今はまだ取っておこう。お楽しみは後がいいからな」
「〜っ瀬人!!」
赤い顔で睨み付けても迫力なんてない。
海馬はに触れるだけのキスを落として
ケーキを完食する。
「また、来年も作ってくれ」
「っうん!」
の部屋で抱き合う2人は
チョコレートなんかよりずっとずっと甘いのでした。
おまけ。
「うわぁ〜海馬君ってば大胆!」
「そこまでやっといて食べない辺りが海馬か…」
「兄さま奥手だからねぇ…姉さまがうん、って言わないと手を出さないと思う」
「海馬さんって以外に優しいんですね!」
杏子、舞、モクバ、静香が言う。
海馬の部屋にこっそりと設置されたモニターには
一部始終が写され録画されている。
「海馬の野郎、羨ましすぎだぜ」
「ああ、まったくだよ!」
本田と御伽が悔しそうに言う。
「しかし、海馬ももっとずがーん!って行けばもうん、っていうんじゃねぇ?」
「でも、無理強いはよくないぜ城之内君!」
『もう1人のボクも海馬君と同じタイプだね』
「なっ!相棒酷いぜ!!」
『ほんとのことでしょ?』
さら、と相棒に酷いことを言われて凹む遊戯。
このあたりが海馬と同レベルでへたれなのだろう。
一部始終を見られていたことはその日のうちに分かり
男には酷い制裁がくだったとか、くだらないとか…
|