第六章
「サヨナラ―――愛しい愛しい龍牙」
言い、何の躊躇もなくエドワードの心臓をその爪で串刺しにしようとした時、の頬を紅い閃光が掠った。
すると、一秒も経たない内に、10m先にあった建物が赤々と炎上した。
「・・・ロイ・・マスタング」
その名を呼ぶと、岩陰から予想どおりの人物が姿を現した。
「・・・何の用ですか?
マスタング大佐ともあろう御方が・・・"味方"に刃を向けるなんて・・
この殲滅戦で気でも狂いましたか?」
の頬から血が、ツゥ―――と垂れた。
しかし、それも気にも止めずにロイをその紅い瞳で見つめた。
勿論、エドワードの心臓に当てている爪はそのままで・・・。
「まさか。
私は、気など狂ってはいない。
私から見れば、・・・君の方が狂っている」
「私が・・・狂っているですって?
おかしな事を言わないで下さい。私は、正気です」
「正気ならば、何故・・・
鋼のを殺そうとする?味方だろう?そして・・・君も我々の味方だ。」
ロイのその言葉には、顔を歪めた。
「味方?」
そう・・・一言呟くと、口元に手を当ててくすりと笑った
「あなたは・・・私を"味方"だと思っていたんですか?」
「何がおかしい・・君は軍人だろう。当たり前じゃないか」
ロイがそう口にした瞬間、は高らかに笑った。
「ッハ!なぁに、ソレ?もしかして、あなた・・・軍人は皆、味方だと思っているの?
だったら、バカね。軍の中にもね・・・敵はいるのよ?」
「それは、重々承知だ。」
「だったら、何で私を仲間だと思うのかしらね?」
「それは、君を信用しているからだよ」
その言葉には、一瞬表情を強張らせたが、直ぐに何でもない風な表情に戻した。
「"信用している"ですって?
お人よしもここまで来ると、直しようがないわ・・・もう、止めましょう。仲間ごっこは―――」
今のの言葉に、ロイの様子が変わった。
「君は・・・今までそう思っていたのかい?
私達とのことは遊びだったと・・・」
「えぇ。そうよ。本気になれるわけないでしょう?
だからね。遊んでたの。仲間を演じていたのよ。」
ほら、だから・・・龍牙も気づかないからこんなになってしまったのよ―――
と、倒れているエドワードの頬をそっと撫でる。
「ね、龍牙。辛いでしょ?だから大人しくして頂戴・・
そうしたら、楽にしなせてあげるから・・」
は、エドワードの頬を撫でながらやんわりとした口調で諭すように言った。
「・・・龍牙?」
が、エドワードの事を龍牙と呼んだのが気に掛かったのだろう。
聞きなれない名前を、鸚鵡返しのように呟いた。
「そうよ。この子はね、龍牙なの・・昔に、私を裏切った最低の男―――・・・」
だから、殺すの―――と、愛しい子を見るかのような、うっとりとした視線で、エドワードを見つめた。
「ね。だから、大佐・・・邪魔しないで!」
声を荒げ、怒りを込めてロイを睨んだ。
そう、ただ睨まれただけ。睨まれただけなのに・・・
「なっ―――!?」
ロイの身体は、石の様に動かなくなってしまった。
「いい子ね。そのまま大人しくしてるのよ?
そうしたら・・・大佐も楽に死なせてあげるから」
にこりと笑って言うと、エドワードの心臓を狙い突き刺した。
ザシュ―――
と、鈍い音が辺りに響いた。宙を舞う鮮血。
の紅い瞳に、綺麗な真っ赤な色が染み渡る。
その身体には、目の前の少年の血がべっとりと染み付いていた。
「―――アッ・・・!」
エドワードの口から掠れた声が漏れる。
それを聞いたの瞳は驚きの色に揺れた。
「あれ・・・?おかしいな・・
ちゃんと心臓を狙った筈なのになぁ・・・どうして生きてるの?」
抑揚のない声で言い、視線をエドワードの心臓部を見る。
すると、そこにはギリギリの所で、心臓から外れた位置に刺さっている狐桜の矛があった。
「・・・?」
自分でも、どうして外したのか判らないのか、そのまま呆然としていた。
すると、の脳に聞き慣れた声が響いた。
「お・・・か・・・めて・・・」
「誰?誰かいるの―――?」
言い、周りを見渡すが、やはり誰もいない。
しかし、尚も声は聞こえた。
「も・・・からっ・・・止めるのだ!」
は、何となくだがその声の主が何を言いたいのかが判った。
そして、それが誰なのかも・・・。
「どうして?裏切られたのよ?
だったら、復讐をする権利はあるはずよ!」
「ダメ・・・そんな事をしても何にもならないではないか!
我はそんな事は望まぬ!」
「でも・・・いくらあなたがそう思っていても、私は良くないわ・・・
コイツを殺さなければ・・・私は幸せにはなれないもの」
「そんな事は、我も主も望んではいないであろう!?
主が・・・我の転生した魂なら・・・そんな事は望んではいないであろう?
我は・・・ただ・・・その者に思い出して欲しかっただけじゃ・・・
殺したいなどと思った事などない・・
主である我がそう思っているのだから、主も本当はそうなのであろう?」
「・・・っさい!私は・・・過去の私の意志なんてないの!
今の私がコイツを殺したいと!」
「・・・」
昔の・・・龍であった、が今の私の頬を両手で包んだ気配がした。
それは、とても暖かくて。とても、安心する温もりだった。
「違うであろう・・・そうしなければいけないと
・・・教えられて来たからではないか・・」
「あ・・・」
の瞳の色が、次第に生きた人間のものへと変化していった。
「私・・・は・・・」
「もう良いのじゃ・・・
昔の我の間違いで、今の主が苦しむ必要などないのだ・・
さぁ、早く悪夢から目覚めなさい」
そう言うと、過去の狐桜は転生された今のの身体の中へと溶け込んでいった。
これは夢のようで―――
現実に起こった話です
はようやく、悪夢から解放されました
とてもとても永い夢でした
けれど
悪夢から目覚めたはどうなってしまったのでしょう―――?
もしかしたら
記憶を全て失くしてしまったのかもしれません
そのまま死んでしまったのかもしれません
がどうなったのかは
また、次の物語で語りましょう―――
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